私がSEOの世界に足を踏み入れたきっかけ

月日が流れて今年で私は検索業界15年目になりました、ということで、そもそもなぜこの世界(SEO)に入ってきたかを簡単にまとめておきます。


公開日時:2012年04月17日 00:00

検索業界で初対面の方に会った時、「どうして(そんな昔から)SEOに興味を持ったのですか?」と尋ねられることがあります。私は1996年の冬頃に興味を持って、事業として始めたのが1997年7月ですので、日本では間違いなく最古参の一人に該当するでしょう。

当時はSEOという言葉がまだなく(英語だと search engine placement, search engine rankingなど色々な表現が用いられており、これ!というのがなかった)、この手の仕事に携わっていた方(それ自体少数ですが)の大半はいわゆる今でいう「検索エンジン登録」(search engine submission, 例えば Yahoo! JAPANや CSJインデックス、NTT新着情報などへの掲載を請け負う)のビジネスでした。ウェブサイトと関連性が高いキーワードで検索上位に表示する、という指向、つまり現在のSEOを考えて事業展開していた方というのは日本では皆無に等しく、米国でも数えられる程度にしかありませんでした。

実は今年度の社内の新卒研修の中でこの「私がSEOに興味をもったきっかけと続けた理由」についてお話したのですが、そういえば私自身これを記事で書いたことはなかった気がしますので、今年で検索業界15年目ということもありますし、ちょっとまとめておこうと思います。

私がSEOに興味をもったきっかけ

私は大学在学時(1994年〜)に、明治学院大学英語研究会(MESA)という、いわゆるESS系のサークルに所属しておりまして、そこで英語でのディベートをしていました。細かい話は省略しますが、とにかくこの活動では、議論をするための大量のリサーチが必要で、ほとんど図書館に籠もって書籍を漁るか、インターネットでひたすら情報収集をしていました。当時は北朝鮮やビルマ(ミャンマー)の国内情勢について広範囲で詳細なリサーチをする必要があったので(書籍では入手できる情報量に限界もあり)私はインターネットを積極的に活用していました。

しかし、「インターネットで情報収集」といっても、当時はGoogleなど便利で優れたサーチエンジンは存在しません。 altavista全盛だったのですが、そもそもネットが現在ほど豊富な文書で溢れていたわけでもありません。さらに欲しい文書はウェブではなく、FTPサーバやUsenet、ニュース系サイト(Christian Science Monitor や WashingtonPostなど)に点在していたので、検索は困難を極めました。

当時私が日常的にイライラしていたのは、とにかく「欲しい文書が検索にヒットしない」ことです。検索結果の関連性が著しく低かったために、目当ての文書にたどり着くまでに膨大な労力を要したのです。

たとえば政府系サーバのアーカイブにアクセスして、キーワードを7〜8個打ち込んで絞り込み検索しても(文書を対象とした全文検索ができないので)ファイル名や文書表題に近いものが順番に出てくるだけでした。ですから、ヒット件数が500件あって、1つ1つ上から見ていって、本当に自分が欲しかった文書が300件目にある、なんてことが日常茶飯事でした。新聞社系の検索は一応全文検索ができたのでまだマシだったのですが、やはり性能はまだ高くありませんでしたので、絞り込みがうまく機能せず、結局、上から手当たり次第に文書に目を通して探す、という作業をしていました。

(アナログモデムで28,800bps程度の速度、定額制だけど劇混のBEKKOAME、そして検索性能が低いので、相当な時間を費やすわけです)

これは決して私の検索手法が拙かったのではなく、当時の検索エンジンの技術的な問題でした。『この文書が欲しかったんだよ、1件目に表示してくれればこんな時間かけずに済んだのに!』といつも不満を持ちつつも、でも他に手段がなく、ディベートで勝つためには必要なことと自分に言い聞かせて、毎日徹夜でそうやって情報収集を続けていました。

・・・ということを2年ほどやっていたのですが、大学3年生(1996年)のある日、何かの理由で通販サイトを色々と見ているうちに、ふと、ひらめいたのです。この人たち(=通販サイトの運営者)は、それぞれ色々なものを販売している、だったら、これらを欲しがっている人が検索した時に(100件目や300件目じゃなくて)1件目に表示できたら、購入したい人も(私が苦労したような)探す手間が省ける、売りたい側もそれをまさに欲しがっている人に届けられる、両方ハッピーじゃないか・・・!

というのが、(今でいう)SEOに興味を持ったきっかけです。

その後に、どうせ米国ではもうビジネスとして普通に行われているでしょうと調べたけれど、意外とない。当時見つけたのが iProspect (現在はトップクラスのSEMエージェンシー)で、創設者(Fredrick Marckini)のプロフィールを見たら私より3ヶ月も速くSEOに気がついていることに驚いてコンタクトをとって少し情報交換などしました。そして、やっぱり面白そう、未来があるよねと思って最終的に1997年7月に(当時は個人事業主として)仕事としてはじめることにしました。


最初からSEOをやりたかったわけではない

といっても、実は最初からSEOをやりたかったわけではありません。先ほど紹介したエピソードで触れた通り、私は検索エンジンに日常的に不満を持っていたので、もともとは便利な検索エンジンを作りたい、という考えがありました。でも一方で、(検索エンジン側ではなくて)ウェブサイト側を支援して、関連するキーワードで検索上位に表示してあげる(SEO)というアプローチもある、と。でも少なくとも、検索エンジンは自分じゃ作れないからどこかの会社に就職するしかない、だから、どこかに就職面接に行って、だめならSEOをやろうと決めました。

そこで面接(たぶん1997年5月頃)に行ったのが、当時インフォシーク(Infoseek)を運営していたデジタルガレージさんです。しかし面接で落とされてしまいました(ちなみに面接して頂いたのが、後にグーグル株式会社でスタートアップを統率されることになる、佐藤康夫氏(現在はアタラ合同会社))。

他の検索エンジンに行く気は全くなく(そう考えた理由はわかりません)、しょうがないからSEOでがんばろう、ということでこの道に踏み込むことにしました。

しかし、時は1997年です。まだダイアルアップ接続が主流であり、検索エンジンが日常的に利用されているわけではありません。そんな時代に「あなたが販売している商品やサービスに興味のあるユーザーを検索エンジンから集客します」といっても、なかなか理解してくれる人はいませんでした。50社くらいに営業行っても、ほとんどに怪訝な顔をされたり、なんだかよくわかりませんオーラを出される担当者がほとんどでした。先方のデザイナーの方と口論になったこともありました。当然、まわりの人にこんな仕事してますといっても変人扱いされることもしばしばあったので、当時はあまり周りの人間にも説明しないようにしていました。

※ 少し補足すると、この時代の Yahoo! JAPAN はカテゴリ検索結果を表示していた時代です。いわゆるロボット型検索(アルゴリズムによる検索結果)が全面に出てくるのはずっと後の時代です(1999年1月にYahoo!JAPANはカテゴリマッチが0件の時に goo を表示するようになった、Google日本語ベータ版登場は2000年)。そんな頃に今日のSEO相当のサービスを提案していたのですから、理解してもらえなくて当然であります。

こんな状況ですから、この「検索エンジン上位表示」ではお金にならず、到底仕事になりません。でも私はあきらめませんでした。それは何故か。


2005年には、検索が日常的に利用されている世界になる

2005年というのは、当時から見て8年後の未来の世界です。その2005年には検索サービスが一般の人々に日常的に利用されている世界になる、という確信だけはありました。その時代には情報がオンラインに溢れかえっており、情報発信者側はSEOを絶対に必要にしてくるはず、だから、その未来の世界が現実になるまで、とりあえずがんばることにしていました。

その確信に根拠らしいものはなかったのですが、ただ、ある瞬間、皆が検索エンジンを普通に利用している世界が鮮明に見えた時があり、その一瞬のひらめきを大切にしていた、という面はあります。一方で、月日の経過とともに目に見えてインターネットの情報量が飛躍的に増大している現実を体感していて、朧気ながら将来のビジョンが見えていたことも事実です。

1996年前後にソフトバンクから販売されていた、インターネットイエローページ※も紙媒体では収録不可能になってきているのが明白だったので、このままいけば世の中の人は検索なしに目的のホームページに到達することは不可能になる、だから検索エンジンを中心とする世界ができてくるはずだと。その時には検索利用者と情報発信者を橋渡しする役割が必要なはず -- 情報発信者は検索者を意識してウェブサイトを構築しなければいけなくなる、-- という論理に間違いはないという確信もありました。完璧な検索エンジンなんてそう簡単には誕生しないはずですし(未だ誕生していないわけで)。

※ 電話帳みたいなやつ、5000円くらいで本屋さんで販売されていて、索引でホームページが調べられるやつ。正式名称忘れましたけど、ありましたよね?

こんなわけで、検索が中心になる世界が来る、でも完璧な検索エンジンは存在しない、だからそこをつなぐための技術としての最適化技術へのニーズが生まれるというビジョンだけは持っていたわけですが、しかしとはいえ、やはり日本企業にこのサービスの価値は当時は理解してもらえませんでした。

しかたがないので、Flash開発者のアルバイトに応募してみたりしたのですが、その会社に面接にいったら「さきほどの面接でFlashの募集は終了した」とか言われたり。でもそこの社長は、あなたは何をやってるんだと尋ねてきて、これこれこういうことやってます、といったら興味を持っていただいて、仕事を発注していただけることになったのは良い思い出です(ちなみにその会社・社長というのが、当時創業したての株式会社ネクストの代表取締役社長・井上高志氏です。その節はありがとうございました)。

この後、SEOを続けていくうちに「SEOは技術だけではダメ、マーケティングの理解が必要」ということに気がついて大学院に行ったり、2010年の時点で少なくとも日本でNo.1 と呼ばれるようになるという目標を持って、そのために何をしたのかについては、また次回ということで。

[続く]





記事カテゴリ:SEO(検索エンジン最適化), 検索イベント
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